史実ネタは人によって結構好き好き分かれますよね。
僕の友人の一人は「鬱になるから史実ネタは敬遠したい」と言ってました。
僕は艦娘を知ることでより感情移入出来るようになると思って、
積極的に史実を調べたりするタイプです。

さて今回は俺提督鎮守府最強の重巡にして、
アイアンボトムサウンドでも大活躍した高雄型1番艦「高雄」です。 

 高雄

今回はちょっと構成を変えてお送りします。



◆プロフィール
 高雄型重巡洋艦1番艦。名称は京都府高雄山から。
 後述するが、最初から重巡洋艦として作られた最後の型。
 第二艦隊第四戦隊に所属し、数々の激戦を潜り抜け
 終戦まで残存した歴戦中の歴戦艦の1隻である。

 300px-IJN_Heavy_Cruiser_Takao 高雄の雄姿。


◆「巡洋艦と言えば私、高雄型よね!」
 高雄が自己紹介ででかい胸を張って断言するその言葉。
 さもありなん、高雄型は実質帝国海軍が誇る重巡の最終形態である。 
 次型に最上型と利根型が控えるが、最上型と利根型はその名称からも判る通り、
 軽巡に使われる河川名が使われている。
 最上型は書類上は軽巡で、軍縮条約失効後に砲塔を重巡用に換装。
 利根型は軽巡として計画され、建造中に条約失効した為、重巡となった経緯がある。
 また利根型は航空兵装が充実している等、航巡としての側面がある。
 高雄が言う「巡洋艦と言えば私!」と言ってるのは単なる見栄ではないのだ。
 なお、高雄は御召艦となった比叡の供奉艦として観艦式に参加している。


◆長女であり次女?
 高雄型はその名の通り、計画上では1番艦は高雄である。
 ただ高雄の竣工は2番艦愛宕に遅れて竣工しているため、
 竣工順としては愛宕→高雄となっている。アンソロでもその話がネタにされている。
 高雄より愛宕のほうが落ちついた雰囲気がするのは、もしかしたら
 この話が影響しているのかも・・・?
  ※ただし、 竣工順が計画と逆転するのはそう稀なケースでもないが・・・


◆歴戦の重巡!!
 高雄は日中戦争にも参加しており、太平洋戦争においても
 アリューシャン作戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦と
 多くの激戦に参加し、生き伸びている
。 
 マリアナ沖海戦においても大和に従って出撃、共に戦った。
 それどころかあのレイテ沖海戦にも栗田艦隊の一員として参戦し、
 潜水艦の雷撃を受けたもののなんとか脱出して生き残っている。
 (ただ、このレイテ沖海戦において姉妹艦「愛宕」「摩耶」「鳥海」の全てを失っている)
 長波らに護衛されてブルネイに到着、さらに「清霜」に護衛されてシンガポールへ移動。
 そのシンガポール防衛のため、残留が決定され投錨。
 破損した艦尾を切断し、防水処理を施したうえに艦尾をヤシの葉で多い隠して
 出撃可能であると見せかけたうえでシンガポール防空に努めている。
 もしかしたら入渠の際の「あの子たちをここで見守りましょう!」という台詞は、
 このシンガポール残留し見守ることしかできなかった時のことを思い出しているのかも。


◆その最期
 前述の通り、高雄はほぼ航行不能、浮き砲台状態ではあったものの
 それ以外の能力を保持したままシンガポールで終戦を迎えた。
 終戦後は降伏処理の為の宿泊・通信施設として使用された。
 そして妙高と共にイギリスへと引き渡されたが、
 ロシアに引き渡されВерныйとして運用された響、
 台湾に引き渡され丹陽となった雪風とは違い、高雄と妙高は自沈処分が決定。
 マラッカ海峡へ曳航され、爆薬と砲撃により1945年10月29日午後6時38分沈没


◆運10?
 以上のように、高雄は激戦に次ぐ激戦を潜り抜け、潜水艦の雷撃にも耐え、
 シンガポール駐留中に機雷を受けてなお沈むことのなかった不沈艦である。
 にもかかわらず、何故か運は扶桑型と並ぶ10である。
 同じ境遇である妙高が改二で32という高い運を獲得したことから、
 高雄も改二で大きく運が修正されると思われる。。。 


以上でございます。
高雄はWikipediaの情報量が今までの艦に比べて少なくて・・・(悲しみ)
既に艦これWikiなどでも言われてますが、「バカめ!」と言い出す
エピソードは特になかったみたいです。

高雄検索結果

高雄の検索結果もいい感じに汚染されてましたw



 
1/700 艦隊これくしょんシリーズNo.08艦娘 重巡洋艦 高雄

高雄はプラモが充実してますね。さすが巡洋艦の鑑。


次回は引き続き重巡。
俺提督鎮守府の中ではケッコン後発組でありながら、
先発組の数人を追い抜いて現在レベルソート5位の利根型1番艦「利根」です。